イベントレポート
人工知能(AI)の普及するこれからの時代には、情報教育の底上げが必要です。文系、理系の枠を超えた学生にとって魅力ある教育を考えていかねばなりません。
自ら学び動く実践力の高い学生を育てるため教育とは?
ロボットや機械学習にはできない、情報を活用する創造性の教育とは?
今回のCAUAは、地方の公立女子大学を2018年度THE(日本版)総合評価62位女子大中3位に押し上げた福岡女子大学の教育改革について、九州大学、日本学生支援機構を経て現在改革を実践されいる梶山学長のお話を中心に、高校や大学ベンンチャーといった様々な立場からのご意見をいただき、会場全体で検討する場とします。
- 開催日
- 2018年7月6日(金)13:30~17:30
(情報交換会 17:45~19:15) - 会 場
- CTC Future Factory(DEJIMA)
- 参加者
- 57名
- 主 催
- CAUA
講演内容
はじめに
後藤 滋樹 氏(早稲田大学理工学術院教授、CAUA会長)
2018年7月6日、大学および企業の教育関係者を対象にCAUA FORUM 2018を開催しました。CAUAは伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)のアカデミックユーザー会を前身とした、大学と企業のコラボレーションを目的とする任意団体です。
本フォーラムのテーマは「日本の企業と大学を元気にする人材育成 ~日本流のHigher Educationを考える~」。人工知能(AI)が普及するこれからの時代には、情報教育の底上げが必要です。文系、理系の枠を超えた、学生にとって魅力ある教育を考えていかなければなりません。
自ら学び動く実践力の高い学生を育てる教育とは。ロボットや機械学習にはできない、情報を活用する創造性の教育とは。今回のフォーラムは、CTCのイノベーションスペース「DEJIMA」に教育機関、公共機関、および産学連携や人材育成に取り組む企業などから約40名が参加し、各方面で人材育成をリードする講演者と参加者による有意義なディスカッションの場となりました。
今日の講演のテーマは、「大学の教育変革に必要な力」。私は九州大学時代を入れると、40年から50年、大学の教育に携わっています。トップとしては九州大学工学部長、九州大学総長を含めちょうど20年。この間、世の中では意識改革ということが長く言われてきましたが、意識改革をやるということは大変ですし、トップがそこにエネルギーを費やすことはあまり意味があることと思いません。ついてくる人はついてきます。ついてこられずに意識改革できなかった人が、しまったと自分で自覚しない限り意識改革はできません。大学でもトップがやるぞと決めれば、かなりの人がついてきてくれます。トップの力が大きく働くのです。
福岡女子大学は、日本で初めての公立の女子専門学校として創立されたのが大学の始まりです。もうすぐ100周年を迎えます。私は、国際文理学部が新設されて本格的に国際化対応の教育がスタートした2011年にこの学校に来ました。本学の建学の精神は「次世代の女性リーダーを育成」。100年近く前にすでに時代を先取りしていたと感じます。入学者は福岡県内出身者が約63%ですが、10年前は80%だったので、だいぶ全国区になってきました。
本学のユニークな特徴、本学しかやっていないことを紹介します。まず国際面。本学は初年次の1年間、日本人学生は全寮制で、1部屋4名のシングル部屋があります。日本人2~3名と留学生1~2名が同じ部屋で共同生活します。平日の朝食の時間は英語だけで会話します。月曜日は寮内では24時間日本語が使えず、アルバイトは禁止されています。月曜の夜に、学生の自主企画による全員参加の寮活動が実施されるからです。学生の約70%は卒業までに海外留学を経験します。海外の大学との交流協定数は、19か国・地域の30大学・部局です。短期留学生受け入れプログラム「WJC」も2011年に創設しました。春季と秋季に各季20~25名程度が交流協定校から本学に入学して、ポップカルチャーなどの現代日本文化を1年間学びます。学生は、様々な海外体験学習や、国内2泊3日で英語のみの講義と討議を行う疑似留学体験プログラム「English Village」も体験できます。
次に教育面。2016年女子大美術館をオープンしました。彫刻や絵を見ながら精神文化を醸成することを目的に設立しました。現在、276点の作品を展示しています。安永良徳氏の彫刻は95点、許山孝一氏の絵は88点あります。こういった美術作品との接触も、学生に精神文化醸成をさせるチャンスです。それから精神文化ということでいえば、薪能の鑑賞会や、サグラダファミリアの彫刻家やノーベル賞受賞者を招待した講演会も企画しています。遊び心と感性を育てる一般向け講座の生涯学習カレッジも毎年開催し、大学で感性の授業も2018年からスタートしました。
大学の運営・経営に学生が参加するというのも、本学の大きな特徴です。一部の教職員委員会に学生が参加でき、社会に出る前のいい実務訓練になります。また、教職員と学生全員が建学の精神を記載した名刺サイズのUI(University Identity)マニュアルを常時携帯して行動指針としています。2018年から全教科で一斉にクォーター制を導入しました。内閣府と福岡県の共同事業「女性トップリーダー育成研修」にも参画しています。トップリーダー育成プログラムは2階建構造になっていて、まずはリーダーとしての道具としてファシリテーションやチームビルディングなどを習得しますが、リーダーから階段を一つ上って、トップリーダーとしての志と心構えを持ち、自ら問題点を徹底的に考えて身につけてもらいます。トップリーダーに必要なことは、とことん自分で考えぬく心構えです。
本学は変革を続けています。大学の改善は学生だけでなく、教職員の努力なしには実行できません。責任、専門、先見、スピード、サービスを実行すれば、信頼が生れるという(5+1)S運動を実施しています。女性の人材育成も加速しています。執行部の女性比率はまだ30%足らずですが、近々50%にする予定です。女性上位教員の割合は40%に持っていきます。学生もがんばっています。国連 女性の地位委員会インターンに、地方の大学から唯一選ばれて参加しています。
本学は2023年に100周年を迎えます。100周年後の未来に向けての将来構想を発表しました。100周年事業としては、女性リーダーシップセンターと国際フードスタディセンターを設立して、文理統合教育を推進し、教職協働を促進します。また、2023年までに女子大オーケストラを結成し、演奏をスタートする予定です。楽しみを持って、ご期待下さい。
私からお願いしたいことがあります。今までの福岡女子大学の評価の延長線上で、本学の将来を見ないでほしい。これからの社会は、女性の活躍なしには発展しません。ぜひ今後の期待度と発展度で評価していただきたいと思います。
教員になって30年以上になりますが、教育が変わろうとしているということをこの3年ほど切実に感じたことはありません。これからの子どもたちが将来、大学や社会で力強く生きていくために、どんな力を付けなければいけないかを考えると、学校や教員という単位で何かできるようなものではありません。ぜひ大学、あるいは企業の方々に実状をご理解いただき、少しでも力添えをいただけたら幸いです。
なぜ今教育改革なのか。社会が差し迫って変革を要求しているからだと私は考えています。産業界や大学などからの強い要請があります。大学に入って社会に出て力強く活躍できる子どもたちを育てるには、大学入試だけが目的ではなく、社会に出たときに必要な力の土台になるものを18歳の段階で身につけておく必要があります。学校から仕事や社会へのトランジション。この大きな課題を解決するために、今一度学校教育の社会的機能を見直さなければなりません。生徒が身につける学力が将来の社会に本当につながっているのか。今までのような授業で、これからの社会で求められる力が育めるのか。一人一人の教員に問われています。
高校での教育や大学の研究・教育を社会にまでつなげる。そのために本校ではアクティブラーニングを取り入れ、まず授業を変えました。講義とアクティブラーニングを組み合わせたアクティブラーニング型授業を実践しています。知識は重要なので、講義は行います。しかし講義だけで終わるのではなく、必ずペアワーク、グループワーク、前に出て発表、そして振り返りを行います。アクティブラーニングを取り入れてから授業風景が一変しました。以前は廊下を歩くと聞こえてくるのは教員が説明する声だけでしたが、今はあちらこちらから拍手が聞こえてきます。前に出て発表するのもごく当たり前の風景になり、生徒が生き生きとした表情になりました。
大学や企業の実際のプロジェクトでは、チームの中で自分が何をして貢献できるかということを絶えず考えながら働くことになります。アクティブラーニングを通じて、中高時代にそのベースをつくりたいのです。どうしたら自分がグループに貢献できるか。グループはクラス全体に対してどう貢献できるか。生徒一人ひとりが考えて行動する。そうすることで、グループで、クラス全体で、力を合わせて問題を解決し、一人ひとりが成長していく。生徒は真剣に予習をしてきます。自発的に勉強するようになりました。自分がグループに対して何らかの形で貢献しているということが、生徒たちの自己肯定感につながっていると考えています。
次に行事なども含む教育活動全体を変えていきました。ホームルームも大きく変えました。毎朝生徒は1分間のスピーチをします。与えられたテーマで一生懸命みんなの前で発表します。キャリア教育もさまざま取り組んでいます。社会につながることが実感できないと、生徒たちのモチベーションは上がりません。大学の研究室や企業にご協力いただき、夏休みに半日や1日使って、大学の研究室や企業の職場で実際に体験します。高校版のIRという取り組みも行っています。やりっぱなしの教育にならないように、卒業生を今年の大学1年生から追跡調査します。実際にアクティブラーニング型授業を受けた生徒は、大学で、その先の社会で、どう過ごしているのかをアセスメントして改善につなげるのが目的です。
さらなる学びと成長のためには、さまざまな越境体験がカギになると考えています。例えば、大学の研究室や企業の職場体験だけではなく、大学主催の研究会に生徒を参加させています。大学生を相手にして発表したり、大学の先生と大学生の中に入って議論したりします。高大連携企画では、いろいろな大学の先生に出張授業に来てもらっています。高校生相手に、あえて専門的に話していただき、グループワークや発表を行います。こうした非日常の体験と日常の授業が合わさって、生徒の学びの成長につながっていると考えています。
弊社は千葉大学工学部デザイン心理学研究室発のベンチャー企業です。デザイン心理学という科学的に証明された手法で、企業や国が抱える問題を解決していくビジネスを行っています。デザインというとプロダクトや単に表面的なデザインなどと思われがちですが、ビジネスの方向性やコミュニケーションの観点からデザインを捉え、見やすさ、安全性、使いやすさ、好みなどの感性的な評価を実験心理学の手法で定量的に把握し、心理学に基づいたデザイン提案を行っています。
「心とは氷山のようなものだ」。これはフロイトが言った言葉です。心は7分の1しか表面に出てこない。消費者の行動や思考をコントロールするものは7分の6、つまり水面の下にある無意識の部分だとフロイトは述べています。弊社は、この無意識の心の動きを解明し、それを統計的な手法で数値化して新しいビジネスを行っています。本人が意識できない、言語化できないもの、こうした水面下に隠れた言葉にならない声をひも解いて、クライアントの問題解決を行います。
製薬会社と共同で行った造影剤シリンジのデザイン開発では、医療ミスを防ぐための視認性の高いパッケージをつくりました。銀行などの店舗で、低いパーティションでも隣の人の声を聞こえにくくする、感覚的な待ち時間を短くする、などの空間コンサルティングも手掛けています。化粧品会社からの、顧客の肌にも合い、なおかつ、その日の嗜好とシチュエーションに応じた口紅が自動的に提示できないかという依頼においては、潜在意識を解明する大きな実験を行って、肌印象解析ツールを開発しました。また、人に聞かずに使えるリモコンを開発した際には、全く目が見えない方が生まれて初めて自分で使えるリモコンに出会えたと喜んでくれて、事業を続けていく上で非常に大きな支えとなりました。
大学が学生に社会で役に立ちそうなことしかさせない、また社会に直接役立ちそうな研究にしか政府がお金を出さない、という流れを危惧しています。全体的に基礎研究を軽視する傾向があり、研究を志す若者が徐々に減ってきているという声もあります。これは日本の科学技術の衰退を招くことになり、大問題です。科学技術が衰退すれば、イノベーションは起こせません。
イノベーションを起こすために教育現場で何が必要か。それは、次の4つだと考えています。1つ目は、自分で考える癖をつけること。2つ目は、守られすぎないこと。3つ目は、異なる価値観と接すること。4つ目は、無駄なことをするということ。
今、若者を取り巻く環境は、教育現場においても、非常にきれいでオートマチックです。若者をベルトコンベアに乗せている感が否めません。ベルトコンベアからはイノベーションは生まれません。大人が一生懸命レールを敷くことが、果たしてよい結果をもたらしているのでしょうか。
リスクを恐れず最初に海に飛び込むファーストペンギンを受け入れる社会であってほしいと思います。社会や大学は、若者が長い目で自分の人生を自分で考えていく土台づくりをサポートしてほしい。例えば、外国に行かなくても、自分とは全く異なる環境で育った人たちと接することができるような環境が子どもの頃から提供されれば、ベルトコンベアに乗ったような人生設計をする、そこから外れないようにしがみつく、新しいことをやってみようという気持ちが起こらない、といったようなことにはならないと思います。
テーマトーク③ 採用マッチングの立場から
「学習を支援しつづけるための仕組みづくり Data Ship
~楽しみながら働きつづけるために~」
鹿内 学 氏(パーソルキャリア株式会社 Innovation Lab.)
データサイエンティストの学習支援事業および法人向け採用支援事業を立ち上げ、2017年にデータサイエンティスト育成プログラム「Data Ship」としてスタートさせました。Data Shipは、Data Scientist Hatching Internship Programの略。HのHatchingはふ化するという意味です。殻を破って出てくる人をサポートする環境をつくりたいという気持ちが込められています。
データサイエンティストと呼ばれる人材は、今どのような状況にあるのでしょうか。一般的な転職求人倍率は、現在2.43倍(2018年6月時点)です。一方、データサイエンティストは約6倍です。企業は1年や2年は採用できないという感覚です。また、経済産業省の調査では、ビッグデータやIoT、AIを担う先端IT人材は、2年前で既に約1万5000人足りず、今から2年後の2020年には約4万8000人足りなくなると予想されています。
データサイエンティストの職務は必ずしもデータ分析だけではありません。一般にイメージするのはデータ分析・評価ですが、データ取得・分析設計も重要です。また、データをどうやって活用するのか、どうやって実際にビジネスに接続するのか、といったことを設計段階できちんと考えられる能力も必要です。こうした一連の作業を経験し、それを俯瞰して設計できる。単にデータ分析の作業者でなく、データを価値に変えてビジネスとつくる。そうした人材が求められています。
大学生や大学院生の多くが、IT企業以外にもデータサイエンスの仕事があることを知りません。自分たちに価値があることにも気づいていません。とても価値の高い人が、作業者としてあまり才能を生かせずにいるということもあります。一方で、企業も、日本の大学院に人材がいることを知りません。海外なら高い給与で雇われる人材に、日本の企業で働いて価値を出してもらうことが大事です。課題はこうした「知らないこと」だと考えています。
Data Shipは、両者がそれを知る場をつくろうとしています。具体的には、企業のデータサイエンス業務に関わるゲストを呼んで、ハッチングカフェというカジュアルな座談会形式のイベントを実施しています。また、企業の事例やデータサイエンスを本気で考える会として、学生だけでなく社会人も含めて参加を募り、ハッチングフェスというワークショップも企画しています。このワークショップでは、午前中は企業講演によるインプット、午後はアイデアソンでアウトプットし、発表まで行います。
我々は、大学院における研究プロジェクトでのデータ分析や学会発表経験を持つ人は即戦力だと考えています。社会人だけが即戦力ではありません。大学院での研究プロジェクトは世界と競争し、世界のトップレベルで研究しています。日本の研究レベルは高い。そういうところで研究していた人材が埋もれてはいけない。Data Shipというプログラムを通じて、大学でデータサイエンスの研究に携わる人材が、企業でも活躍できる状況をつくりたいと思っています。大学院で博士号を取ろうと思うような人たちの機会提供になることを期待しています。すでにレベルが高い人たちなので、彼/彼女らの能力を見極め、うまくマネジメントすれば必ず力を発揮してくれます。
学習は、競争的な環境でこそ促進されます。大学には、世界との競争環境の中に学生を放り出してほしいと思います。そこで一番になろうと思えば、論理的思考や科学的な知識、分析的な判断が必ず必要になる。大学は、研究で世界のトップ立つことに集中してもらいたい。我々Data Shipは、学習の補完として、自習のためのツールなどを無料提供できます。学習の補完はビジネスサイドで担うことができます。大学や企業の方々と協力しながら、日本の大学や産業を盛り上げていきたいと考えています。
パネルディスカッション
「日本の企業と大学を元気にする人材育成」
コーディネーター
野村 典文 氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 技監)
パネリスト(五十音順)
- 梶山 千里 氏 (公立大学法人福岡女子大学 理事長・学長)
- 佐藤 透 氏 (学校法人桐蔭学園 経営企画室長 入試広報部長)
- 鹿内 学 氏 (パーソルキャリア株式会社 Innovation Lab.)
- 只木 進一 氏 (佐賀大学 工学系研究科教授、CAUA運営委員)
- 日比野 好恵 氏 (株式会社BBStoneデザイン心理学研究所 社長)
本フォーラムの最後のプログラムとして、講演者とゲストによるパネルディスカッションが行われました。
司会の野村氏による「ソサエティ5.0社会を迎えるにあたって、あるべき人材とはどういう人材か。どんな方法で教育すべきか」という問いかけで議論がスタートしました。
学校教育に携わる各氏からは、「自分で考える人材。志や心構えを持って自分で考えて実践するトップリーダーを育てなければならない」(梶山氏)、「いろいろなことに対しておもしろいと思うセンスを持っていること。そのために求められるのは教養を身につけられる教育」(只木氏)、「自ら考え判断し行動できる人間。学校や社会の中で自分がどう貢献して認められるかを実感できる教育が必要」(佐藤氏)などの意見が次々に出されました。
一方、企業の立場からは、「才能という価値に対する正しい評価ができていない。才能という価値に真摯に向き合うことが大事」(鹿内氏)、「大学での教育は与えるものではない。押しつけの教育をしても人は育たない」(日比野氏)といった課題も提示されました。
さらには、「感性教育の重要性」、「人事育成とICT」といったテーマで活発な議論が展開されたほか、会場の参加者からも、「授業の変化で生徒の夢の語り方はどう変化したか」、「即戦力となる人材はどう見つけ出すのか」、「遠隔教育の可能性は」など具体的で多彩な質問がパネリストに投げかけられ、1時間におよぶパネルディスカッションは盛況のうちに幕を閉じました。