イベントレポート
デジタル社会の激しい環境変化に対応するにあたり、世界から出遅れたデータサイエンスの分野において日本を牽引するべく、2017年に日本では初めてのデータサイエンスに関する学部として、滋賀大学データサイエンス学部が創設されました。その後、国公私立を問わずいくつかの高等教育機関においてデータサイエンスに関連する学部、学科、コースが創設されています。
一方、企業においては、生産性向上、リカレント教育の必要性がうたわれながら、多くの企業の教育支出はコロナの影響もあり減少傾向、産学連携による「実践的学びの場」の実現は遠く、社会課題を解決するための研究開発を担うIT人材の圧倒的不足は解消されないままとなっています。
今回のシンポジウムでは、社会の要請を受けデータサイエンス教育の先頭を走ってこられた滋賀大学竹村学長をお招きし、これまでそしてこれからの日本の情報科学分野における実践的教育と企業との関係について、お話いただきます。
また、企業サイドからは、2009年より大学の研究と企業をつなぐ活動をされてきた日比野氏に、これまでの社会環境の変化と大学との連携に何を求めているのか、そして、CTCの小澤氏より、新卒・既卒に限らず採用活動における変化やコロナ禍以降の社内教育にどのような取り組みを行っているかをお話いただき、日本社会の推進力となる情報科学人財の育成について、皆様と考えます。
- 開催日時
- 2022年12月2日(金)
14:00~17:30 - 開催方法
- 会場:Innovation Space DEJIMA(東京都・五反田)
オンライン(Zoom Webinar) - 主 催
- CAUA
講演内容
オープニング
西村 浩二 氏(広島大学 情報メディア教育研究センター長 教授、CAUA副会長)
データサイエンスやAIに関する教育改革は、文部科学省から「AI戦略2019」として具体的な政策が発表されました。大学に向けた数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度も始まっており、全国150校近くの国公立・私立大学が参加している数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムも活発に運営されています。データサイエンス系の学部は、2017年に本学が日本で初めて創設してから相次いで設置されており、来年以降もいくつかの大学で予定されています。
本学のデータサイエンス学部では、情報学、統計学、価値創造をデータサイエンスの3要素と定義して教育を行っています。データを収集・整理し、分析して、数理モデルを作る。そのモデルを利用して、経済的、社会的、公共的な価値を生み出す。この価値創造の部分を大学でどのように教育すればいいのでしょうか。社会で求められるのは、プログラムが書けるだけでなく、問題解決策が提案できる人材です。本学では、企業から提供してもらう実際のデータを用いた価値創造の演習を行っています。学生自ら新しいことを発見した経験が自信につながるので、こうした学習は非常に大切だと考えています。そのために企業や自治体との連携を進め、連携協力先は累計250社・団体を超えました。
データサイエンスに対する社会の期待と要請が大きくなっています。企業でのリスキリングや人材育成も盛んになってきました。前述のデータサイエンスの3要素だけでも大学で教えるには領域が広いのですが、企業や社会の枠組みで考えるとさらに広くなります。データを集める前に必要となるのが課題の発見・設定です。仕事の現場では何が問題になっていて、それをどうやって解決していくのか。さらに、課題の発見・設定ができて、データの収集、分析、価値創造まで進んでも、その後には実装・業務改善が求められます。
実際の仕事で活かせるデータサイエンスを身につけるために、社会人の教育はどうあるべきでしょうか。統計学やデータサイエンスの分野は、最近になって社会で強く求められるようになり、企業でのリスキリングや人材育成が盛んになってきました。まず、様々な職種でデータサイエンス・AIのリテラシーが求められるようになるため、大学学部レベルの教育は社会人にとっても必須です。また、データサイエンス・AIを使った新しい仕事では内製化という観点も重要で、データ分析・解析部分の専門家を育成する必要も出てくるため、大学院レベルの教育も求められます。社会人になっても繰り返し学ぶ機会を作ることが重要です。日本では依然として、博士人材があまり求められていないという課題があり、大学での博士人材の育成と企業による採用をもっと進めなければならないと思います。
本学のデータサイエンス学部では2021年度までに1期生と2期生が卒業しましたが、就職状況は良好です。1期生の時は企業からの募集もSEなどの情報系が多かったのですが、2期生からは金融系などの一般企業も増えてきました。一方で、就職における情報系とデータサイエンス系の区別が明確でないこと、また、企業側にデータサイエンス系の部署がないことも就職状況から見えてくる課題です。データサイエンティストの中期的なキャリアパスが確立されていないのも不安の一つです。ただ、数年後にはデータサイエンス系の学部からの卒業生が毎年1,000人以上になるので、社会におけるデータサイエンティストのイメージも定着してくると考えています。
弊社は千葉大学工学部のベンチャー企業で、デザイン心理学という新しい研究をベースにビジネスを展開しています。言語化できない人間の声を紐解き、特許手法を用いて、アンケートなどでは分からない消費者の心を定量化します。デザイン心理学のプロジェクトを進める上で最も大事にしているのは「内臓感覚」です。直感や一目惚れ、言語化できない本当の気持ちや心惹かれる、買って見たくなるなど、一目で欲しいと思ってしまうのは、まさに内臓感覚の影響です。
資生堂の化粧品ブランド「IPSA」のプロジェクトでは、これまで他社との差別化が難しかった口紅のレコメンデーションシステム「命中リップ」を構築しました。3万枚の顔印象を数値化してデータベース化し、10パターン示される画像の中から好きなものを選んでいくだけで、「今日のきもち」と「シーン」に合わせ、かつ肌印象にあった4色の口紅がおすすめされるというものです。お客様は口紅を買いに来るのではなく、測定により今日の自分を知りたくて来店する。そのついでに口紅を買っていく。命中リップは激戦の化粧品業界で売上が6倍以上に増加しました。化粧品のプロと化粧品とは全く無縁の大学研究が化学反応を起こし、今までにない発想によって内臓感覚を活用した販売を実現させました。
罫線の視覚的ストレスを軽減することで勉強や作業が捗るノートの開発でも、企業との連携がなければイノベーションは起こせませんでした。実験を繰り返し、罫線の交点が目にストレスを与え、内臓感覚が罫線を拒否している可能性にたどり着きました。製品化に苦労したのですが、最終的には糸井重里氏の(株)ほぼ日で「ほぼ日ノオト」として世に出すことができました。新たな切り口を評価してリスクをとってくれる企業があったからこそ、製品化が実現できたと強く思っています。
これらのプロジェクトは大学の研究室だけでは成し遂げられませんでした。また企業だけでもできなかったと思います。大学の研究を通じて新たな発想を得て、それを企業のマーケティング視点などと組み合わせることで化学反応が起こせるのです。今の日本に必要なのは、新しいものを生み出すことであり、それが希望のストーリーになるのではないでしょうか。
現在IT業界は採用意欲がとても高く、他業界でも情報化社会やDXといったキーワードを背景にIT系人材の採用ニーズは増加傾向にあります。それに伴ってキャリア採用が難しくなり、新卒採用で人材を確保していこうとする動きが顕著になっています。学生のキャリア思考も変化し、勤務地や職種を自分で選びたいという学生が増えています。新卒を一括で採用し、企業が個人の適性を見て配属先を決めるという時代は過去のものになりつつあります。
こうした変化する学生のニーズに応えるために、弊社では多様な選択肢を提示しています。従来と同様に会社側で配属を決めるオープンコースの他、営業・エンジニア・スタッフ部門などに分けて採用するジョブフィールドコース、特定の分野で秀でた活動を行ってきた学生を採用するユニーブメントコースというコース制採用を実施しています。グループディスカッションの代わりに動画選考も導入し、AIを活用するなど効率的かつ効果的な採用にも取り組んでいます。
入社後の働き方に関する学生のニーズも多様化しました。弊社でも様々な働き方改革を進めています。昨年オフィスを移転し、完全なフリーアドレスとしました。働く場所の選択肢も拡大しています。コロナ禍による移動制限のため一時的に撤廃していたテレワークの取得制限日数を今年4月から正式に撤廃しました。出社する必要性がなければ1年中在宅勤務でも問題ありません。その他、社外副業制度、サバティカル休暇制度、出張先での私的な滞在を可能にしたブリージャーという制度も取り入れました。
企業が学生を選ぶ時代は終わりつつあります。弊社も学生に選ばれる魅力的な企業であることをアピールするとともに、入社後ギャップ感が生じないように社内制度の整備を進めます。今後データサイエンスを学んだ学生が年間1,000人以上社会に出てくるということで大いに期待しています。現状では、企業で通用するITの知識を大学で学んだ学生がまだまだ少ないと感じています。
2007年にロールモデル型eポートフォリオのシステムを構築しました。従来はメンターとしての卒業生や指導教員が行っていた学習の考察・振り返りのアドバイスを、ロールモデルのデータを使ってフィードバックをかけていくシステムです。日本e-Learning大賞で文部科学大臣賞を受賞し、まだ日本ではポートフォリオが活用されていない初期段階だったこともあって、各所で注目されました。
本学のキャリア教育で特徴的なのは、必修科目の「教養特別講義」です。学外から講師を招いて社会で生きていくためにどのような力をつけるべきかを学びます。学生が講師を選定し、講演の司会も学生が務めます。選択科目の「JWUキャリア科目」では、各分野で活躍する職業人との対話を通して、多様な社会との関わり方を主体的に学ぶことで職業観を養います。各学科から1名ずつ卒業生に来てもらい、実際の社会的な体験を聞くプログラムです。卒業生から話を聞く機会を多数用意することで、社会に出るために何を学べばいいのかを学生に常に考えてもらっています。
これまで女性はライフイベントに大きく左右される存在だったわけですが、本学では早いうちからリカレント教育を行ってきました。今までは、一度家庭に退いていたが子育てが一段落して仕事に復帰したいという女性を支援する「再就職のためのキャリアアップコース」を中心に運営してきました。最近は基本的に仕事を辞めない卒業生が多く、ステップアップしていくためには越えなければならないことがあり、「働く女性のためのライフロングキャリアコース」も開設しました。小さい大学ではありますが、女性のライフイベントに対応した卒業後の支援にも力を入れています。
パネルディスカッション
「大学教育と企業人財開発の関係を探る」
コーディネータ
- 深澤 良彰 氏
(早稲田大学理工学術院 基幹理工学部 教授、CAUA会長)
パネリスト(五十音順)
- 小川 賀代 氏 (日本女子大学 理学部 数物情報科学科 教授)
- 小澤 聡子 氏 (伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 人材戦略部 部長)
- 竹村 彰通 氏 (国立大学法人滋賀大学 学長)
- 日比野 好恵 氏 (株式会社BBStoneデザイン心理学研究所 代表取締役社長)
本シンポジウムの締めくくりとしてパネルディスカッションが行われました。早稲田大学、CAUA会長の深澤氏の司会により、学術界および産業界の視点を交えて議論を深めました。
冒頭で竹村氏は「データサイエンスの知識を持った人と現場のドメイン知識を持った人が両側から近づいていくことが求められる」と語り、大学・企業間の連携に対するお互いの努力が大切だとあらためて強調しました。また小川氏は、ヨーロッパやアメリカで生涯ポートフォリオが当たり前になっていることを踏まえ、「日本でも自分で職種を選びたい学生が増えていることからも、今こそポートフォリオによるキャリアの可視化に本腰になる時だ」との見解を示しました。
パネルディスカッションのテーマである「大学教育と企業人財開発の関係」については、「大学は社会人の教育に貢献すべき。企業にも大学をうまく活用してもらいたい」(竹村氏)、「企業には仕事によって必要な知識やスキルを具体的に示していただき、風通しよく情報交換したい」(小川氏)といった大学側の要望が示されました。それに対して、「これまでは論理的な思考やコミュニケーションなどを重視してきたが、AIなどの専門性の高い学生の採用が必要になる中、欲しい学生の属性をより具体的に考えていく必要がある」(小澤氏)、「ベンチャーには人を育てる余裕がないので即戦力が要求される。過酷な環境への耐性など、一般企業とは違った人材の考え方を持たざるを得ない」(日比野氏)など企業の観点からの主張が述べられました。
他にも、データサイエンスの活用とドメイン知識の関係、社会人のリスキリング、大学のキャリア教育、コロナ禍での教育の変化などについて、多様な質疑応答が繰り広げられ、パネルディスカッションは盛況のうちに幕を閉じました。
クロージング
後藤 滋樹 氏(早稲田大学名誉教授、CAUA顧問)