イベントレポート
新型コロナウイルスの流行により、学生のキャンパスライフは大きく変わりました。
授業はオンライン中心となり、対面授業を希望する声も多くありましたが、一方でオンライン授業やe-learningの有効性も見えてきて、アフターコロナではさらに各大学が工夫を重ねていくことでしょう。
大学は学生に授業を履修させることは当然として、学生生活を通じた教師や学生同士の相談、インフォーマルな情報のやりとり、内外との交渉など、学生の能力、可能性を拡大する環境を整えることも期待されています。これまでの対面授業や海外留学を前提に作られてきた学生向けサービスも、オンライン(ハイブリッド)が加わったことにより大きな変化が生まれてきました。これからのキャンパスライフには、学校や教師、システム側の都合だけではなく、利用者(学生や保護者、社会)のリクエストに応える高大接続、大大接続、大社接続のサービスが必要となるでしょう。
オンライン時代のキャンパスライフを充実させるための何か、それを皆様と先進事例を共有しながら考えます。
- 開催日時
- 2021年8月5日(木)14:30~17:30
- 開催方法
- オンライン(Zoom Webinar)
- 主 催
- CAUA
講演内容
オープニング
深澤 良彰 氏(早稲田大学 理工学術院 教授、CAUA会長)
本学では2018年に「東北大学ビジョン2030」を策定しました。教育、研究、社会との共創、経営革新という4つのビジョンを掲げ、主要施策や重点戦略を定めています。
さらに昨年度、ポストコロナの新しい未来に向けた改革を加速するため、「東北大学コネクテッドユニバーシティ戦略」を策定しました。デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速的に推進する中で、距離、時間、国、組織、文化、価値観といった壁を越えて、社会、世界とダイナミックにつながることを目指し、オンラインを戦略的に活用した多様な教育プログラム、多様な学生の受け入れ、オンラインと対面のベストミックスによる教育環境の提供を行います。
今学期の初めに「授業実施ポリシー」を全学に対して発出し、各授業科目で学習する内容の特性に合わせて、対面とオンラインを効果的に併用した授業を実施しました。また、「教育・学習データ利活用宣言」も行い、日々の教育や学習に関するデータを安全な方法で取得、保持、分析し、教育改善、学習支援を図るとともに、そのデータ利活用から得られた叡智を公開し、国民と人類の福利に貢献します。
海外とのオンライン連携教育による国際共修も早い段階から展開しています。例えば、少人数ゼミの日本人学生と渡日できない留学生が、対面とオンラインを組み合わせたハイフレックス環境で協働発表を行うという新しい授業を開始しました。
キャンパスにおける教育・学生支援には安全・安心な環境の提供が不可欠です。入退室記録を蓄積し、学内で感染者が出た場合は行動履歴と照合し、検査が必要な接触者の特定・割り出し等にも活用します。学生向けの生活支援、経済支援あるいは学習支援等の様々な取り組みやオンライン授業に関する学内情報を、LINEを使って学生に自動通知するシステムも活用しています。これは本学の学生によるAIベンチャー企業が開発しました。
本学では、全学教育に関するモニタリング学生との懇談会を毎年リアル空間で実施するほか、オンライン投書を受け付けてフィードバックする仕組みや学生生活調査という大規模アンケート等を通じて、学生の声を取り入れています。
オンラインを活用した対話プログラムも積極的に企画されています。最近では、学生と総長で大学のビジョンについて語り合う対話イベントが開催されました。引き続き、学生の声、社会の声を踏まえながら、リアルとオンラインをうまく組み合わせ、新しい教育を展開していきたいと考えています。
この5年ほどで、自己主権型アイデンティティの検討が進んでいます。複数の権限域にまたがって個人がコントロールできるアイデンティティ技術です。現在主流のユーザー中心のアイデンティティは、複数の権限域にまたがって個人または管理者によってコントロールされる点で、他人にコントロールがあります。これに対し、誰にも依存せず持ち主自身が制御可能なところが、自己主権型アイデンティティの大きな特色です。
例えば、GoogleやFacebookのIDを使っている時に、彼らからBAN(利用禁止)されてしまうとすぐに使えなくなります。そのIDで使っていた他のサービスにもアクセスできなくなります。一方で、自己主権型のデジタルアイデンティティは、いかなる他者からもBANされるリスクがありません。別の言い方をすると、属性情報と結び付けない形でIDを定義できるということです。IDやパスワードは、認証システムと自身をサイバー空間中で結び付けるために必要な情報ですが、これらの属性情報がなくても使えるところに特徴があり、限りなく無色のアイデンティティということもできます。
この自己主権型デジタルアイデンティティを実装可能にする分散型IDが、Decentralized Identifier(DID)と呼ばれるものです。DIDの技術を使えば、分散システム志向で自己主権型のデジタルアイデンティティを作ることが可能です。
実際に自己主権型のデジタルアイデンティティを使うのに必要となるのが、属性情報を第三者に証明してもらうためのデジタル証明書仕様であるVerifiable Credential(VC)です。DIDとVCを組み合わせることで、特定の個人がコントロールしているIDについて、様々な属性情報を必要に応じて結び付け、かつ開示することができます。
このVCは検証可能な資格証明書です。デジタル署名技術を用いて、発行者(Issuer)によって対象者(Subject)が特定の条件を満たしていることを保持者(Holder)が示すことができます。この関係性にさらに属性情報を結び付けておくことで、特定の属性を持っていることが証明できるわけです。ここで、Issuer、Subject、Holderの対象になるものが何であるかを特定することが必要となり、その手段としてDIDが用いられます。
本学では現在、DIDとVCを使って次世代デジタルアイデンティティ基盤の実証実験を行っています。既存の学生ID基盤と結び付けて証明書発行システムを作り、デジタル学生証を発行する仕組みです。IATA(国際航空運送協会)では、航空券やホテル等の旅行関連情報をパッケージ化したTravel Passにワクチンの接種記録や検査記録書の記録ができる機能を入れて実験を行い、国内ではANAとJALが参画しました。アメリカの空港ではセキュリティチェックにIDの提示が必要になり、デジタル化された運転免許証のMobile Driver’s License(mDL)の機能とセットで使えるようになっています。
DIDとVCの大学での活用における課題は、長期間・広範囲での利用を担保する必要があることです。例えば、海外の大学を卒業したとして大学院に成績書が送られてきても、その正しさがどの程度あるのか全くわからないということがあります。DIDとVCは外側の箱の形を決めたにすぎないので、その内側に学位証明や成績証明をどういう形で収めていくかを決めなければなりません。日本語で書かれた証明書を発行しようと思えば日本語のサポートをしなければならないわけで、国際化も必要となります。学内で実現する上では、既存のID基盤との連携のほか、実施のためのワークフローの調整に事務方との連携も課題として挙げられます。
新型コロナウイルス拡大前から、四国の5大学で大学教育をオンラインで共同実施してきました。オンライン教育に必要なシステムは既に導入済みだったため、新規システムの導入はほぼゼロで、現在のオンライン化が実現できています。
本学におけるDX化のコンセプトのベースは、リアルな世界がデジタル世界に包含されるという考え方です。リアルのキャンパスの周りにデジタルのキャンパスが包含するというデジタルワンキャンパス構想を掲げています。
実際にDXに取り組むにあたり、令和3年5月にDX化推進部門が設置されました。そこでは、非常勤職員として雇用した学生を組織化したICT化/DX化チームであるDXラボと事業部門が連携し、就職・学生支援、研究支援、学務関係、給与福利、知財管理、旅費関係の6つのプロジェクトチームが立ち上がっています。
DXラボではデザイン思考を大事にした開発を行っています。デザイン思考において最も難しいのは、アイデア創出から具体的に動くプロトタイプを作るところで、ここに高いハードルがあります。そこで、プログラミングスキルがなくてもある程度のシステムが開発可能なMicrosoft 365のノーコード/ローコードプラットフォームを使って、様々な業務システムの内製開発に取り組んでいます。この8月の段階でプロジェクトは20件を超えました。
DXラボにて内製したものの1つが通勤届申請システムです。申請フォームから必要事項を入力すれば担当者に送信されるシステムで、申請内容から手当が自動計算されて申請者にメールで通知される仕組みです。今後はこれを給与システムに自動連係する機能を実装する予定です。
本学ではDX化プロジェクトを進める上で、プロジェクト推進ルールを設けています。第1に、システム開発に関わる打ち合わせは最大4回とすること。第2に、初回打ち合わせからプロトタイプ開発、実証実験、運用開始まで1ヶ月を基本期間とすること。第3は、運用開始後は事業部門主体で運用すること。第4に、初回打ち合わせ時に、ラフなプロジェクト計画を事業部門とDX化推進部門、DXラボで作成して、プロジェクトのラフな完成イメージを共有すること。その上で大事だと考えているのは、実用最小限の製品(MVP: Minimum Viable Product)という考え方です。まずは実用最小限のシステムを開発しながら、段階的に詳細を検討して肉付けしていくような開発手法を実践しています。
パネルディスカッション
「オンライン時代のキャンパスライフ」
コーディネータ
西村 浩二 氏(広島大学 情報メディア教育研究センター長 教授、CAUA副会長)
パネリスト(五十音順)
- 鈴木 茂哉 氏 (慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
- 滝澤 博胤 氏 (東北大学 理事・副学長(教育・学生支援))
- 八重樫 理人 氏 (香川大学 創造工学部 創造工学科 情報システム・セキュリティコース 教授)
本フォーラムの最後のプログラムとしてパネルディスカッションが行われました。ポストコロナあるいはウィズコロナにおいて大学教育の中心としてのキャンパスはどうなっていくのか。教育DXはどのような形で実際の活動に生かしていけるのか。具体的なオンライン手法や技術のことからDXによる大学経営への影響に至るまで、多岐にわたるテーマで討論が行われました。
オンライン授業への急激な転換においてオンラインツールやサービスの利用に問題はなかったか、との質問に対しては、各大学とも既にある程度の環境が整っていたことに加え、学生自身がオンライン環境に慣れていてスムーズに移行できたということで意見が一致しましたが、「授業の中断や中止を避けるために、万一不具合があった場合のバックアップをどう確保するかが難しい」(鈴木氏)といった課題も提示されました。
また、DXが進むと人員削減などのリストラにつながるのではないか、との問いには、「人を減らすということではなく適切な配置につながる。本来大学がなすべき教育・研究がよりよい方向に進むきっかけになる」(八重樫氏)、「大学教員の教育・研究エフォート、職員の教育・研究支援において、教職一体となった新しい大学の在り方の再構築に向かう」(滝澤氏)など、大学でDXを推進する意義についてあらためてメッセージが発信されました。
最後に今回のコロナ流行による急激なオンライン化・DX化のもたらした変化と新しい展開について、「はんこレスに代表されるように、今まで続けられてきた慣習の見直しが進んだ。今後さらに多くのものがDXで改善されていく」(鈴木氏)、「DXを進めることで今の学生の力を再認識することになった。変わるべきは経営層のほうだろう」(八重樫氏)、「大学と社会の関わり方が大きく転換するきっかけになった。これから教育の幅も大きく広がる」(滝澤氏)とパネリスト各氏が今後の展望を語り、約1時間にわたるパネルディスカッションは幕を閉じました。
クロージング
中村 豊 氏(九州工業大学 情報基盤センター 教授、CAUA運営委員)
※関連セミナー
詳細はこちらから
https://caua.ctc-g.co.jp/events/2021-forum-ex/index.html